社員インタビュー

これは、2017年に30周年を迎えた際、次世代を担う若手社員を集めて開いた座談会の模様です。
新社屋完成の前後は会社としての成長期、真っ只中の期間である。まずは、その時期について。

およそ10年前

司会――――――以前は回収、選別など一括したサイクルを1人で行っていたそうですが、会社も20年を経て部署として分かれ、各部署における業務を行うよう変わっていったと思います。そこで、各部署についてお話をいただけたらと思います。

八尾氏―――――入社した頃は、エコレンガ工場を建ててる最中でした。

司会――――――当時、エコレンガ工場が出来上がってからこの10年の間に、生産量は大きく変化していきましたか?

八尾氏―――――最初の方は、手さぐりで、しっかりとした形を作ること自体が難しかった。バタバタしていましたね。徐々に生産量は上がっていき、バザーをし始めたりして、溜まっていた在庫もはけ出して、うまく回っていきました。

司会――――――入社時から経理部であった山本さんに質問です。 当時、会社の業績はどうでしたか?

山本氏―――――それはすごかったですよ。年々上がっていってました。僕が入社した当時は、かなりの右肩上がりで。ここ(新社屋)が建って、少ししたらその角度は少し浅くなったけどもね。それでも継続的に上がっていました。

司会――――――総務部の中野さんは、当時、どういった業務でしたか?

中野氏―――――今とそれほど変わらないですけど、年々作業の種類は増えていきました。入社当時は、していなかった電話対応や売上計上などをするようになっていきました。

司会――――――1人あたりが請け負う業務が多様化していったというところでしょうか。工場勤務、収集運搬の方では、仕事の内容とか、以前と変わってきましたか?

清瀬氏―――――基本的には、変わらないですけど、例えば法律だとかは、年々変わっていきましたよね。日々、勉強ですよ。

施設環境における変化

司会――――――10年の会社勤めの中で、ターニングポイントが色々あったかと思います。例えば、エコレンガで初めはうまくいかなかった生産が、何かをきっかけにうまくいくようになった、とか特に何かそういったきっかけはありますか?

八尾氏―――――そうですね、西井さんが工場長として来てからピタッと変わりました。顔が広くて、収運部とも話がしやすく連携もスムーズでやりやすくなったと思います。 あとは、ホームセンターに卸すことが決まって、いっきに伸びました。

司会――――――ガラプラントはどうですか?

山下氏―――――前のプラントは古くて、危なくて。第一工場とガラプラントの間に20mくらいの高低差がついてましたから。事故が起きないよう配慮された形で新しいプラントに変わり、だいぶ設備は良くなったと思います。

司会――――――そういった施設環境の点で工場での変化はどうでしたか?

清瀬氏―――――僕が働き始めた当時は、太陽の下、炎天下での作業を行ってましたけど、それから屋根がつき、ミストがつき、作業員の休憩場も作ってもらって、だいぶ環境は良く、熱中症などの事故は無くなったと思います。

司会――――――他に印象深いことはありますか?

中野氏―――――最近は、もうないことですが、昔は電話口でいきなり「運転手がまだ来ない」って怒鳴られたりしましたね。

清瀬氏―――――仕事量が異常でしたもんね。

磯部氏―――――当時は、ただの紙に電話で聞いた内容をそのまま手書きで運転手さんに渡したりしてましたから、時間指定が抜けたりしていたかもしれない。

中野氏―――――うん、それで配車を組むのが、雑だったりしたんですよ。

磯部氏―――――新社屋が出来て、3年目くらいですかね?今のシステムを導入して、予約などをパソコン管理できるようになって、変わりましたよね。

中野氏―――――そうですね、改善されましたね。

瀧本氏―――――仕事のしやすさでいうと、CM放映も大きいと思います。テレビ局と契約が出来ていることでしっかりした会社であるっていう信頼度は上がりますし、「CM見たよ」って声をかけてくれたりもしますので、コミュニケーションツールの一つになっていますね。

常陰氏―――――そうですね、お客さんからは、言われたりしますね。僕ら収運部もお客さんとコミュニケーションを取らないことには、なかなか円滑には進まないので、助かってます。

これからを率いる存在として

司会――――――この10年、勤められた皆さまは、今後の10年、20年を率いるリーダーとなっていく方々だと思うのですが、その点で何か「思い」ってありますか?

清瀬氏―――――施設なども増えて、「安全」っていうことが言われるようになってきているので、やはり新人さんたちは朝、家を出られた状態で帰してあげるっていうのが先輩としての努めかなって思います。

受け売りですけどね。僕らも先輩から言われてきた言葉なので安全意識は常に持って、取り組みたいと思っています。

司会――――――最後に営業部長として、お話いただけたらと思います。

瀧本氏―――――ここにいるメンバーは率先して、みんなを引っ張っていかなくてはいけないと思いますので、工場は事故のないように、ドライバーの方々も安全運転と一番お客さんに接する機会もありますので、丁寧に対応していただければと思います。

個人的には、30年という企業を後退させないように、50年、100年先を見据えて、継続できる企業を目指していきたいと思いますし、それは、独りでは出来ないことのなので、皆さんとともに頑張っていきたいですね。

さらなる発展を目指して、兵庫ならびに近畿、日本を代表する産業廃棄物の企業にしていけたらと思います。

その中で、コンプライアンスとか、安全が付いてくると思うので、日々の業務を着実にこなして頑張っていきたいと思います。

社長との接点が減りつつある年代ですが、社長の思いであるとか、思想や意識はしっかりと伝わっていると感じられるお話でした。遠い存在であるからこそ、見えてくる部分もあり、見ようとして模索している結果、各々が姫路環境開発という会社の個々の捉え方をしていて、この会社にかける思いがあるようです。